【ネタバレ考察】劇場版シン・エヴァンゲリオンの最後・最終回を考える。Fly me to the moon、月に行って物語は終わり始まるんじゃない?


エヴァンゲリオンは、今はテレビ放送されているわけでもなく、劇場版が数年に一度の頻度で公開されているのが現状ですが、たまに、ふと、思い出すと、考えてしまいますよね。

描かれてないことを発言するのは、監督ですら『これを話すのははばかる』と思ってのことなので、ファンであればなおさらの部分もありますが、庵野監督の時代や世代を踏まえ、こういう視点でエヴァンゲリオンを見てみると面白いのでは?、と思ったので、

劇場版シン・エヴァンゲリオンの展開を宇宙目線で考えてみることにしました。ふしぎの海ナディアの設定が、とか、そういうことを書く気はまったくありません。コメント等あればお気軽にお書きください~

エンディングはFly me to the moon

テレビ版のエヴァンゲリオンがテレビ東京で流れていたのは90年代半ば。そのとき、オープニングは『残酷な天使のテーゼ』、エンディングは『Fly me to the moon』でした。

『残酷な天使のテーゼ』は母子の関係に焦点を当てた歌であり、その神秘性と子供が大人になるときの旅立ちが表現されていると思いますが、これはエヴァンゲリオンのために作られたオリジナルの曲です。

対して、『Fly me to the moon』はエヴァンゲリオンのために作られた曲ではなく、フランク・シナトラが歌った名曲。この曲は、まさにアメリカがアポロ計画で月に行く1960年代に完成しました。

『月に連れて行って、そして星たちと遊びましょう。どんは春かしら、木星や火星は』

エヴァンゲリオンが暗示したかった世界は、むしろ、こちらだったのでは。地球を回る月は、ものすごく意味のある、人類にとって重要な、未知のフロンティアかもしれない。そういうことだったのではないか。

エヴァンゲリオンは、どうしても『聖書』『死海文書』『アダム』『エヴァ』『ロンギヌス』そのようなキーワードからの宗教・神秘に関心が集まる傾向にあり、90年代の劇場版のラストは世界創造神話だと、その神秘性がよく話題になりました。

ある人は、グノーシス主義がとか、そういう話もしてましたし、とかく宗教からアプローチするということが多かった感じがします。心理学もブームでしたし。

ただ、『Fly me to the moon』を庵野監督たちがエンディングにあえて用いた意図に思いを寄せると、宇宙の神秘に関心を呼びたかったのではないか、とも思えます。

旧劇エヴァンゲリオンで、月は重要な象徴

『Fly me to the moon』のエンディング

月に、くるくる回る綾波レイのシルエットと、印象的な絵です。レイ(リリス)を月に連れて行ってごらん、または月に行くとレイがいる、ともとれるシーンです。レイことリリスと月の関係は非常に濃いことを示しているとも言えます。

エヴァンゲリオンでは、月といえば、白き月・黒き月と、アダムの卵・リリスの卵があります(黒き月は下。the end of evangelionから)。旧劇では、白き月は南極大陸の下にあり、黒き月はネルフ本部にありました。だから、地球の衛星の月とは違うものです。

この白き月、黒き月は、『卵』と呼ばれているように、メカニズムはわかりませんが、生命を生み出す原動力です。

基本的に、エヴァンゲリオンでは、魂と肉体は分離されて管理可能なものとされており、魂はガフの部屋、肉体は生命のスープであるLCL(知恵の実とも言い換えてもいいでしょう)、生命のスープとは真逆の生命を停止・破壊するロンギヌスの槍の三点セットで考えられていると思います。

ではなぜ『月』と名付けたのか。形やサイズが月に似ているからというのもあるのでしょうけど、やはり、白き月と黒き月が『宇宙から来たものだ』ということを強調したかったんでしょうね。

The end of evangelionでは、ユイが『人は地球でしか生きていけない。太陽、月、地球。それらがなくなっても、でも生き続けることができたら』と、シンジ君とサヨナラし、宇宙で人という種族がいた証を残そうとします。

太陽、地球、月については、それ以上は特に何も暗示してませんが、これが宇宙のお話であることを示唆しています(下は太陽、月、地球の the end of evangelionのシーン)。

新劇の月は、旧劇の月を引き継ぐ

新劇の解釈はさまざまにあるところですが、人がどうなろうとも、宇宙自体は宇宙自体の時が流れている、と考えれば、新劇の月は旧劇の出来事を引き継いでいます。旧劇の月は下。

新劇の月は下

新劇では、月のネルフ基地・タブハベースで、エヴァンゲリオン、マーク6を建造します。こんなものが埋まっている月ってなんなんでしょうね。埋まってたのか、飛んできたのか、輸送したのか、その辺の説明はないので、よくわかりません。

古来より太陽・地球・月の『月』ですから新しくないけど、エヴァの中では、黒き月とも白き月とも違うとなると、新しい機能をもった月として、浮上してきます。

カヲルくんが目覚めているということは、新劇では月=白き月の一種なのでは、という疑惑もありますが、過去、月のような衛星を宇宙船として移民する、ということがありふれていたのであれば、そのような『月』は地球にも埋まってるし、地球の衛星としても回っていることもあるでしょう、とその程度の意味かもしれません。

新劇のQでは、旧劇でみられた格子状の赤線が月に

このQのシーンを見て、地球がもう一つあると感じるか、ごつごつした衛星の月があるだけだ、と感じるかは、人それぞれな気がします。このシーン、どちらで描きたかったのかはわかりません。

ちなみに地球と月はこちら。月は黄色で青く見えるのか、といわれると、夜、青く見えることもあります。なので、Qの月は、普通の月だと思います。違うのは、例の格子があること

 

格子状の赤線は、the end of evangelionで、黒き月が人類の魂を集めて、初号機がリリスの目から登場して、パーンとはじけた際の、その直前にそっくりです

旧劇では、シンジ君が、ゲンドウ経由でアダムを取り込みリリスの肉体に戻ったレイ(リリス)と、カオルくんと、人間の世界に戻りますと再契約し、シンジは自分を拒絶するアスカの首を絞め、アスカは『気持ち悪い』と、旧世紀ならぬ新世紀が始まりましたが、黒き月がはじけたおかげで、新世紀が始まっています。

つまり、エヴァンゲリオンでは、月は生命の卵であり、命が生まれてくるところです。ということは、新劇の月は、旧劇の黒き月と同じような状態にあり、何かの魂が集まっている可能性があります。対して、Qの最後でフォースインパクトの際に浮上してきたものは何か

これも月ですよね。旧劇は、ゲンドウの願いは拒否され、ゼーレのシナリオで動き、最後はシンジ君はゼーレの望まぬ未来を選択した、という話であったと思いますので、基本線としてゼーレのシナリオで新劇が動いていたとなると、いわゆる『黒き月』しかありえません。

リリスが肉体と魂を取り戻し、どうやってサードインパクトを起こしたのかは、新劇では描かれていませんが、Qでは、リリスの亡骸は、胴体と首が分離された形で描かれており、細かいことは抜きにそういうことがあったんだ、とわかる描写です。

空白の14年でおきたサードインパクト(もどき?)で生じたことは、生命の実を手に入れたインフィニティの発生。どこからインフィニティが生まれたかといえば、黒き月である可能性が高いです。となると、黒き月にはリリスと新しく契約したインフィニティの魂が集まっているかもしれません。

対して、いわゆる月には、使途の魂か、人間の魂が集まっているとも?

最後はどうなる?月を宇宙船にして移民も?

シンジ君がエヴァンゲリオンに乗らないということはありえないので、ユイのいる初号機に乗ることになるのでしょうが、

  • ゼーレの目論見どおりなのか(人類滅亡、進化した新種インフィニティが地球に君臨)、
  • ゲンドウの願いが叶うのか(ユイの願いと一致?)
  • ヴィレの願いが叶うのか(今の人類、地球生存)
  • シンジ君の願いが叶うのか(やり直し?)

ちょうどよくヴンダーというエヴァンゲリオンで動く宇宙船のような船が登場してますし、月が旧劇の黒き月のようにLCLぽくなってますし、月って何なのか、人類とは何なのか、と宇宙の謎に触れる終わり方もあるかもしれないですね。

月の内部は中空構造であり、巨大な空洞が広っていることは知られたところですし、太陽系の外で小惑星を改造して作られた巨大な宇宙船で、異星人が乗ってここまでやってきた、という話もあるくらいなので、月が好きなエヴァンゲリオンであれば、月は卵だけでなく、宇宙船の要素もしっかり出してきてよさげです。

新エヴァは何をテーマにしているのか、よくわからないところもあったりして、とにかくエヴァぽい・かっこいいシーン優先なところがありますが、話の骨格、メッセージも重要なところ。2020年公開なので、まだ先ですが、楽しみに待ちたいと思います!